そして、母は、「首もとが寒い」と言っていた

だから、マフラーかストールだな、色とりどり、素材も様々な中から選ぶ。赤いサンタさんが印刷されている包装紙でラッピングして貰う。見ているだけでわくわくする。見ているだけで幸せになる。会社の先輩は「コーヒー用のカップ、古くなってきたよー、長い間勤めちゃったよー。」と言っていた。だから、会社用の新しいマグカップにしよう。食器売り場へ移動する。先輩は明るい色が好き、そして、ちょっと面倒くさがりだから、一度でいっぱい飲める大きめのにしよう。リボンは銀色を結んで貰おう。喜ぶかな、もしかしたら、古くてもあのマグカップがお気に入りかもしれない、もし、そうなら、お昼用のカップとして使ってもらえるかな・・・。
一番難しいのが、主人。

子供たちは毎日欲しいものが変わるし、実は自分たちが言った事を覚えていない事も多い。
だから、サンタさんにお手紙を書いて貰う。
とっても、簡単。

万が一、その日に欲しいものが違っていても「鑑定士と顔のない依頼人サンタさんにお手紙でお知らせしたからだね」で終了。

でも、主人・・・。
いつも家の中では子供たちがわーわー騒いでいる。

子供が中心の生活だから、実は主人が何をしているかあまり把握していない。

とりあえず、会社に行っている、お弁当は毎日空っぽにして帰ってくる、洋服も下着とかも全部きちんとしている・・・・。

困った。

と言うか、そう言えば、毎年そうだった。

自称“サンタ”の私も彼のサンタではないかもしれない。

えっと・・・恋人、じゃなくて、嫁が本当は(小太りの)サンタクロース、って事でダメ?いいよね、ね。

今年もサンタの買い物に付き合ってね。

サンタのひみつ

小さい頃から我が家へは毎年、毎年、サンタクロースが来ていた。
多分、小学校の中学年くらいまでは来ていたように記憶している。

私と兄は12月25日になるときちんと枕元に届いているプレゼントの包みを発見しては興奮、父と母に報告

そして、これまた、きれいに包装紙を開けると言う一連の作業を何年も繰り返していた。

それにしても、どうして、サンタさんは自分たちが欲しいものが分かったんだろう、何でだろう?と言う疑問を抱きながら。

それでも、子供と言うのは現金なもので、欲しいものが手に入った瞬間、そんな疑問はあっという間に吹っ飛び、もらったばかりの玩具で夢中になって遊び始めるのだった。

小学校へ通いだすと、必ず悪い奴が居るもので、「サンタなんかいるわけないだろ、あれはお父さんとかお母さんだよ。」という主張をしだす。

それでも、頑なにそんなはずは無い、お父さんとお母さんも自分達がいい子だったから、来てくれたんでしょ、とずっと言っている・・・。

でも、いくらサンタクロースでも夜中に人の家に入ったら、おまわりさんに連れて行かれるんじゃないだろうか?

大体、うちには煙突が無いし、友達の家にも煙突がある家なんか無い、けど、殆どの子供はみんなプレゼントをもらっている、どういうことだ、という疑惑の日々を少なくとも私は送っていた。

そんなある年のクリスマス。いつも通り、父と母はクリスマスプレゼントについて尋ねてきた。

その年のうちの兄のリクエストは「地球儀」だった。
クリスマスも間近に迫ったその日に、事件は起きた。

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カテゴリー: 行事

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